今朝の体調、少し思ったこと

性別迷子(MtX)でパニック障害持ちの図書館職員。逃げ出したカウンセリングを今年中に再開したいです。早く男から離れたーい!

結局わたしって何なんでしょうね?

あえて性別迷子、もしくはMtXと自称しているのは

「男じゃない、けれど女になりたいとは言い切れない」

という自分の性に対する答え、もしくは近づくための答えをこの年齢になって

見つけたからかもしれません。

 

よく聞かれる「性同一性障害」という名称が、DSM-Vにて「性別違和」に

変更されたのが私にとって答えの「鍵」になったようで、

性同一性障害」=生物学上「男」だけれど、ジェンダー性自認は「女」

という断定の形が、違和=しっくりこない、という言葉に置き換わったことで

随分と救われたのは確かです。障害って言葉好きじゃない。

(現在診断を受けた場合、性同一性障害のほうが大多数、早めに改称するべきかと)

 

もちろん全ての人が皆そうだとは言い切れませんが、

生物学上の性と性自認が異なっている人たちに、障害とはいえ

そういう病名が付いたにも関わらず、結局は「男」と「女」という

括りにまとまってしまう、そういうことに何らかの疑問を持たないのか、と。

(しかし名称云々差し引いても、自分の性別が何なのかが認められるのですから、

 今まで困っていた人への救いなのは否定しません)

 

私は結局のところ、自分の性自認に自信が持てないのです。

「男だ」とか「女なの」という断定を出来るだけの要素がところどころで、

だから人生に対しても多くの部分で前向きになれないのです。

 

髪を女性らしく切ってもらったとはいえ、短くなって元に振り出し。

可愛い女性物を着ても、鏡を見れば「うわ、なんだか男っぽい顔」で萎える。

頑張って声を高く柔らかくしたつもりでも、到底納得のできるわけがない。

こう文章で見ると、結局私って女に近づきたいんだなーと思えますが、

私の中にある女性像なんて吹けば飛んでしまう、そんな程度しかありません。

皆が思っているような「女性らしさ」は私は持っていませんから。

「女性らしさ」って何って思いませんか?

ご飯を食べに行ったら、率先してサラダを分け始めるとか?

「えーそうでもないですよー」と否定でも肯定でもない受け答えとか?

それってどれだけ凝り固まった「女性らしさ」なんですかね?

 

それにMtXを自称しておきながら、やっぱり女性になりたいのかよ!と

言われる方も攻撃する方もいると思いますが、

身体の悪影響に悩みながらも女性ホルモンは止められないし、

そこいらを歩いている、冴えない中年男性には死んでもなりたくないので、

うまく紛れたほうが、案外「変わった人」というので済んでしまうからでしょうか。

なんだかここ数か月で、「らしさ」なんて捨てて、私の好きなようにやって、

それから死にたいものだっていう考えが芽生えたと見えます。

 

だからこそ今日もこれからも、私を一から作っていかなければいけない、

そういう努力をしなければいけないと思うのは確かです。そういうことに対して

精神的にも金銭的にも余裕が少し欲しいよねと、思った次第です。

「男でも女でもいいから、誰か連れてこい!」と以前親に言われたのですが、

同棲とか、ましてや結婚なんかとても考えられる段階じゃありません。

 

…なんだか取り留めのない文章。私のちぐはぐさが現れているみたい。

貧血気味なので、おやすみなさい。