今朝の体調、少し思ったこと

性別迷子(MtX)でパニック障害持ちの図書館職員。逃げ出したカウンセリングを今年中に再開したいです。早く男から離れたーい!

手を握るって…

昨日は私のパニック症状。

今日は同僚Kさんのパニック症状。

とにかく頑張り屋さんのKさん、頑張りすぎて(利用者はどうやら質問魔)

コントロール不能になってしまい、うずくまってしまいました。

 

けれど、いざ目の当たりにすると、ええと、どうしたらいいのかしら?と

この経験者は全くと言っていい程動けないのです。役立たず。

その二、三秒、いろいろな物が目に入って、

浮いていたKさんの左手を見て、私はその手をギュッと握ってあげました。

例えば背中をさすったり、肩を軽くトントンしたり、そういう方法もあったのに、

冷たくなっている手を包んであげることにしました。

 

この接し方は落ち着かせる、という意味で当たっているようなのですが、

引っかかったのは「手を握る行為」の方でしょうか。

これってなんだか男臭くない?ってそちらのほうへ意識がいってしまい、

しばらく仕事に手が付かず。

 

でもあれですよ!例えば人込みではぐれないようにとか、

手を握ったのは、そういう意味なのです!

そう言い聞かせても、書いているこの瞬間も混乱している私。

役立たずな上に、こういう時、変に不便なのです。

パニック症状、出てしまいました

私の悪い癖、とにかく我慢してしまう事。

今日、起きてしまいました、パニック症状。

 

キューっと胸が締め付けられる感覚がだんだんと短くなってきて、

それでも図書館のカウンター業務からうまく抜け出せず(お盆なのに人多すぎで)。

 

だんだんと手先が痺れて、頭は白っぽく、息が続かなくて声がうまく出せなくて、

グラグラの身体と半泣き状態の私。

同僚Kさんに「無理しないで休んでください!」と言われ、

ポケットにあった安定剤を飲みました(ところでこの安定剤苦すぎです)

 

ただ、今回はそこまで長引かなかったのは、フォローしていただける職員が多くて、

冷静を取り戻す時間が短くすんだ、これが大きいのかなと思いました。

前の書店員の時とは比べ物にならない、良き環境です。

 

お昼休みは眠気のあまり、ひっくり返ってましたが。

 

すみません…未だに身体がだるくて、だるくて…。

しまらない雑記ですが、これでおやすみなさい。

 

 

 

 

性別にとらわれずに生きる

再放送のハートネットTVを観ました。

今回は「性別にとらわれず生きる」で、男でもあり、女でもある

「ま~ちゃんさん」(城田勝さん)の回でした。

 

冒頭から化粧をしていて「今日は男ですね」と一言呟くのを見て、

ああ、その気持ち分かる!と思ってしまいました。

そういう気持ちが生まれるのは、その日の身体や心の状態の揺らぎであって、

他の人から見れば大した問題ではないのかも知れませんけれど、

私にとっては何かから突き落とされる、軽い絶望のようなもの。

そういう「望んでいない男の部分」に自分らしく対応していく姿をみて、

今の私には出来ない部分だなと思ってしまいました。

 

「男じゃないけれど、女って言いきれない今の私」をMtXと自称しているだけで、

この状態がぬるぬると続いていくわけではないと思っています。

今後、それまで分からなかった自分が、たった数回のカウンセリングで

劇的に変わるとは言い切れませんし、次にくる過程に

(例えば服装や仕事のこと、身体を変化させること、それと家族との関係のこと)

「まだ頑張らなくちゃいけないのか…」と、体力が続くのかも疑問。

 

今は目の前の仕事に追われ、覚えることも思い出すこともたくさんあって、

性別のことは一旦棚上げにしている状態です。だからフラットなのです。

でもフラットな私に、どうしても納得がいかないのは事実。

そこで立ち止まるほど、温い問題ではありませんし。

 

私も「ま~ちゃんさん」と同じように10代後半、死を深く意識したことがあります。

その悩みは今以上に深すぎて、今でも断続的にやってしまうオーバードーズや、

二回ほど経験済みの飛び降り(3階からはどうやったって死ねません)

そうやって死ぬことをもって、解決しようとした時期もありました。

けれど目の前で飛び降りようとしていた知らない後輩に「ま~ちゃんさん」は

「まだ十数年しか生きていないだろ!」と言ったのには、

少しショックを受けてしまいました。

 

世界中を見渡せば男や女の性以外にも

「第三の性」と呼ばれる人たちが確実に存在しています。

(例えばインドの「ヒジュラ」やメキシコの「ムシェ」など)

日本ではここ数十年ほど前から、性的少数者という人たちが表面に出てきて、

認知度は進んでも、理解が進んだかと言われれば大いに疑問です。

そして嫌悪感を抱く人たちの大半は、それが「その人の全て」かのように勘違いして、

考えること、理解することを止めてしまいがちです。

「あくまでその人が男か、女か、そういうのは入り口に過ぎない」と

後半に答えていた「ま~ちゃんさん」の言葉、誰にとっても大事だと思いました。

 

もっと性別にとらわれない、あるいは寛容な生活が見え始めたら、

私もMtXなんて自称しなくて済むかもしれませんね。

「あの人変わってる」と言われるのは別に気にはしませんが、

変わり者ではなくて、性別にゆるく生きていると思われたいですね。

 

突然の…

「…もしかして、○○さん(私の苗字)ってLGBTの人ですか?」

知らずしらずの内に、話の端々にバラまいていたのは認めますが、

唐突すぎて私、一瞬息が止まってうまく繋げられず。

 

「いやーなんとなく、なんですけれど、友達にそんな人がいるんで」

と言われると、確かに案外近くにいる、

というかオープンに出来る人が増えたような(あくまで個人的感覚で)

 

「○○さんと話していると、他の男性と、雰囲気も話し方も違うなって」

「…うん、まあ、そうだね」

 

とりあえず「そのうち…」と言いつつも、

「性別迷子」という単語を使い、私を濁してみました。

この単語、案外使い方が難しいのかもと、ふと思ってしまったり。

 

その子はいつもテンションが高く、私の友人にも似てる方がいるので、

思い切って聞いてみると「不安障害」みたい。

「頑張らないで仕事出来ればいいのにね」とお互い笑ってしまいました。

 

どっと疲れた、休み前の図書館勤務。

 

ブレーキの掛け方、誰か教えて

お金がろくに無いのに、食べることへのブレーキが効かない状態。

でも経験上効かないのか分かっています。

これは泣きたかったり、怒りたかったり、寂しかったり、

そういうのを表に出さないための、私なりの一種の逃避だってことを。

 

朝、お昼ご飯のお握りと、お湯を注いで食べるスープを買って、売り場を一回り。

通り過ぎようとしたお菓子のコーナーで、

グミの新商品を見つけてしまい、レジへと持って行ってしまう私。

 

お昼はお昼で、「俺は死ぬまで牛一頭食べ尽くしたいんだー!」と豪語する職員が、

ピザ屋でナゲットを山盛り買ってきて、それも少し頂いてしまう。

あとはお土産と書いてあったお饅頭、マドレーヌ、ココナツクッキー、

それと買ったグミをペロンと食べてしまう。

 

こんなに食べたら眠気がふとやって来るのに、それが来ないのです。

不意に立ち眩みと頭の重さ、それにしゃがんだ時に現れるブラックアウト。

(ブラックアウト、つまり起立性低血圧)

今朝も棚の整理を行っていたら、それが頻繁にやってきて辛かった…。

 

こうやって雑記を記していると、自分の語彙力や文章の稚拙さ、それと

ネタは豊富にあるはずなのに、それを伝えられないもどかしさに襲われて

帰りに本を借りました。読んだからといって即効性は得られないのにね。

けれど耐えられなくなって、お得意のハイチュウを買ってしまい、帰り道で完食。

こちらは身体の一部に簡単になってしまい、そして、

うまく青りんごの味をこの場で伝えられない。

 

フラットしすぎて

体調の揺れはどうしようもありませんけれど、

感情の揺れがフラットなのは、喜ぶべきこと。

その、いま落ち着いている場所ってあなたのどの辺りなの?と聞かれたら、それは

自分の納得できる位置では決して無いと、どうしてだか断言できてしまいます。

 

そういう生活が気が付いた頃から当たり前だからかもしれないけれど、

例えば表情一つ、声色一つ、自分の気持ちのいいところが続けば、

それだけで、その日の私の経験値が上がる気がします。

そうすると身体も相乗効果のように胸やシコリがジン、と痛んだり、

ドライヤーで乾かした髪がツヤツヤしてしまって、

それだけでやっぱり嬉しくなる、飛び上がってしまうほど。

「やっぱり私は、女に近いんだ」そう思ってしまう。

 

言ってしまえば、私は欲張り。

性別の一つも見極める、確固たる自信も無いくせに、

ただの気分だけで一日一日を過ごしているから。

不意に恩師に遭って声をかけられ、それが何もかも見透かされたように見えて

(けれど恩師にはそんな気持ちはさらさら無いのに)

そんなので喜んでいるんじゃないよ!と叱られた気分に落ちてしまっています。

 

これといって進歩のない一日。

「真面目だよねーすごい頑張ってるし」と返された、今日一日。

いえいえ、手持無沙汰が私は怖いだけ。

何もしていないと思われるのが、痛いだけ。

フラットなんて…なんにも考えていない証拠だろ?

 

結婚するとしたら…

「人間以外で結婚するとしたら、何がいいですか?」

と同僚のKさんに、そんな唐突な質問をされました。

「結婚、ですか?」

「ええ、結婚です。因みに」

とKさんは他の同僚から聞いた質問の答えをスラスラと答えます。

 

ある人はティンパニー(打楽器)だったり、

ある人はピーマン(好きすぎて、お弁当に必ず入れているとか)だったり、

ある人はキイロイトリ(リラックマの仲間)だったり、

ある人は屈強な橋(屈強な、が案外ミソかもしれません)だったり。

 

そんな各々のユニークな答えを聞いてるにも関わらず

Kさんが「そ、そんなに難しく考えなくても…」と気を使い謝るほど、

私は答えを長時間探してしまったのです。

 

結局、無難な答えとして「レーズン」に落ち着いたのですが(理由はコチラ)

つまりは「結婚」という単語に戸惑ったということだと思うのです。

性別が存在しないとしても「付き合う」とか「恋人」とは何かが違う「結婚」に。

 

でも、性別の方向性が掴めたとして、私、結婚とかできるのかしら?と思うと、

不安というよりは、正体の分からない寂しさが張り付いたまま。

帰り道、何度かため息をついてしまいました。